明日からのことを考えると、怖くて涙が出て、過呼吸になった。

頑張っても、何も変わらなくて。

変わらない日々に、いつもビクビク怯えていて。

それが毎日積もり積もると、自分の性格すら変わってしまうのだと実感した。

私、前よりもすごく怖がりになった。

未来のことを恐れやすくなった。

もともと、色々あって怖がりなんだけど、PATMによって

人の顔色をより一層うかがうようになった。

平気なふりをしないと生きていけないので

頑張って何も知らないふり、気付いていないふり。

…するけど。

 

PATMの人には、共感してもらえるかもしれない。

底知れぬ罪悪感と、自己否定感。

PATMは精神病だという人もいるけれど、

PATMによって精神が蝕まれていくことで、被害妄想が広がっていくことは大いにある。

肉体的にも精神的にもやられる病気です。

事実と精神世界が段々一体化してくる。

でも、わかってもらえない。

 

PATMになってから、より強く「わかってもらえない」気持ちが強まりました。

つらいです。

前にも似たようなことを書いたのだけど、

誰か一人でも理解者がいたらずいぶん救われるのだと思う。

「思う」なのは、私には理解者がいないと感じるから。

 

「気にしない人」は「理解者」とは違う。

PATMの存在について、PATMでない人のほとんどが信じてくれないのだ。

私も現に、親の理解を得られなかった。友達の理解も得られなかった。

なってみないと分からないなら、怖い話だが、ぜひ分からせてやりたい、とも思う。

これがどれだけの苦痛なのか。

目に見えて大きな病気でないからこそ、

孤独な闘いを強いられる。

 

何度も人生ごと、投げたくなる。

未来への希望なんて何も見えない。

不安しかない。

その中で、毎日緊張しながら必死に過ごす。

PATMの人にとっての一日は、人と一緒にいる間は、特にものすごく長く感じる。

 

その緊張が、恐怖が、毎日毎日蓄積されていって。

知らぬ間にものすごいトラウマになっている。

人に迷惑をかけてしまうのが怖い。

それが、自分の予期せぬものだからこそ、対処のしようがない。

医者も頼りにならない。

仲間がいない。

明確な治療法がない。

社会から排除され、なじられる。

どうすればいいのかと悩み、苦しむ日々が始まる。

出口の見えない戦い。

 

それでも必死で、改善報告のあった方法を試しては、

また反応されて絶望する。

その繰り返し。

 

たった一度の人生?

やりたいことをやる?

やりたいことより、

PATMというやらなきゃいけないことへの犠牲で過ぎていく時間。

 

まだ、完治していない。

まだまだ、向き合わなくちゃ。