ちあきです。

相変わらずPATMの症状は出続けています。

なんだかこの話題を、久しぶりにブログに書いたような気がしました。

 

PATMを治すことはもちろんですが、でももしかすると、私はPATMと一生付き合っていかなければならないのかも、と思っています。

だからこそ、「PATMである自分」を受け入れられるようになること。そういうマインドをつくること。これが今の自分の一番の課題なんじゃないかと思うのです。

 

■PATM治療でできることはまだまだある

時に諦めたくなることもありますが、できることはまだまだあるはず。

世間で言われているすべての方法を試したわけではないし、まだ治る可能性があると信じている。

それでも、「PATMである自分はダメだ」と思っていると、いつまで経っても何も変わらない気がするのです。

確かに、周りの人に迷惑をかけてしまうけれど。

普通の楽しい暮らしが難しくなるけれど。

そんな状況の中で、生きていかなければならないから。

やっぱり人生は、楽しい方がいい。

楽しく生きるためには、PATMを治すことももちろんだけれども、PATMである自分を受け入れて楽しむ方がずっと早いと思った。

 

ある日突然治るかもしれないし、これから一生、治らないかもしれない。

だとしたら、どんな自分であっても幸せ♡って決めた方が、たぶん生きやすい。

理想と現実が大きく違っているとしたら、生き方そのものが間違っているのかも。

もっと幸せになれる道があるよって、教えてくれているのかも。

 

私がPATMになったのは、「自分が我慢しすぎてしまう性格が原因」だと思っていて。

心理的な要因も深く作用するPATMだから、強いストレスから身体に影響が及んでしまったのかもしれない。

私自身は、今もつい言いたいことややりたいことを我慢してしまう。それが原因なのかも。

 

PATMである自分を受け入れるということは、弱い自分もさらけ出していくということ。

自分でも自分は弱いなんて認めたくないけれど、実際認めてなくてうまくいっていないんだから、もう認めるしかない。

それでもやっぱり「なんだよ」って思うところはあるけれど、もう自分に無理はさせたくない。

弱い自分でいてもいいよ、PATMな私だっていいんだよって、伝えてあげたい。

なかなかつらい現実世界を生きていると、「こんな自分嫌!」って思うこともあるけれど。なんとか希望の光を絶やさずに生きていきたい。

 

私が受け入れてあげなきゃ、誰が受け入れてあげるというんだろう。

たぶん、PATMになってしまった人の多くは、頑張り屋さんなんじゃないかと思う。

「頑張りすぎ」のサインがPATMだったのかもしれない。

だから、PATMになった自分を、まず許してあげて。そして、責めないで。

そのうえで、PATMでも生きられる生き方を模索していく。PATMでも生きられる、最高に楽しい人生を!

 

やっぱり病気にはならない方がいいんだろうけれど、なったからにはうまく付き合っていかなきゃです。

「なんで私が」って思うこともたくさんあるけれど、きっとそれも意味がある。

いつか乗り越えていけるかな。